2013 東北

2013_06_14 東北-0013 2013_06_15 東北-0095 2013_06_15 東北-0123 2013_06_15 東北-0126
6月14日早朝。北上開始。
三陸の海岸線沿いは本当に綺麗な景色が続く。
日本に生まれ日本に育つが
まだまだ自分の知らない日本がたくさんあることに気付く。

2013_06_14 東北-0027 2013_06_14 東北-0021 2013_06_14 東北-0032
6月14日。
天気もコロコロと変化。
さっきまで晴天だったのも束の間
あっという間に霧に包まれていく浜。
小一時間で別世界に。

2013_06_14 東北-0034
6月14日@南三陸
防災対策庁舎。
屋上にあるアンテナ部分まで津波はきた。
これ以上のコメントは控えます。

2013_06_14 東北-0039
6月14日@南三陸
高台から。
ここに街があったということが、
段々と信じられなくなっていく時間の流れが恐ろしい。

2013_06_14 東北-0047
6月14日@南三陸から陸前高田への道中。
海はどこにあるの?と思うくらい
海岸線から距離のある駅もまた
津波の爪痕がのこる。

2013_06_15 東北-0043 2013_06_15 東北-0096
6月15日@陸前高田
今回の訪問で最もショッキングだった場所。
いわゆる「奇跡の一本松」がある陸前高田。

2013_06_15 東北-0110 2013_06_15 東北-0037 2013_06_15 東北-0046 2013_06_15 東北-0049
6月15日@陸前高田
いや、その表現に間違いがあるのかもしれない。
「奇跡の一本松」がある・・・ではなく
本当に「奇跡の一本松」しかない。
ここに街があったとどうやったら想像できるのか。
何度も何度も自分の頭の中で想像を繰り返すが
まったく何も頭に描くことができない。

2013_06_15 東北-0104 2013_06_15 東北-0051 2013_06_15 東北-0053 2013_06_15 東北-0055 2013_06_15 東北-0088 2013_06_15 東北-0102 2013_06_15 東北-0106 2013_06_15 東北-0107 2013_06_15 東北-0108 2013_06_15 東北-0111
6月15日@陸前高田
震災直後、とある活動家が口にした。
「陸前は難しいぞ。」
その時はなんて非情なことを・・・と思っていた。
しかし今ここに来て、その言葉が重くのしかかる。
復興・・・?
移設・・・ではないのか・・・

2013_06_14 東北-0054 2013_06_14 東北-0051 2013_06_14 東北-0053
6月14日@気仙沼
僕が初めて見た気仙沼はテレビで見た燃えている街だった。
「実際、その場に立って、初めて分かる」という言葉があるが・・・
一つ分かったことは、「人間の想像力の乏しさ」ということ。
他には何も分かりゃぁしない。
その時の映像とリンクするものがほとんどないこの場所では
自分の想像力のなさを嘆くと同時に、風化していくことの恐ろしさを感じた。

2013_06_14 東北-0061
6月14日@気仙沼
ヨルノトバリが降りるころ、港は霧に包まれていく。
夜は気仙沼復興商店街にて
マンボー・サメの心臓・絶品カツオ、そして東北の日本酒をいただく。
自営の民宿を津波にもってかれた現居酒屋の店主と
津波にのまれたものの九死に一生をえた同お店のお兄さん
このお二方から、今まで被災地でもテレビでも聞いたことのない話しをいただく。
そこにあるのは、ただただリアルな話し。
津波にのまれた際の一部始終を話してくれた後
「テレビやメディアで復興商店街が完成しました。
復興にむけて進んでいます!なんて行ってるけど
俺ら、メンタル的に全然そんなことはない。結論ありきで取材に来て、番組を編成していく。
だから、そんな取材うけられないんだよなぁ。」
と。

2013_06_14 東北-0073
6月14日@気仙沼
ひょんなことで震災復興支援のコンサートに飛び入り参加。
ここ気仙沼でもまた人と人のつながりが強くあることを実感。
アーティスト云う。
「よく東京で、気仙沼、大丈夫ですか?と聞かれる。。。。
全然、大丈夫じゃないっすよ!
一回でいいから来てください!」
その言葉に胸をうたれる。

2013_06_15 東北-0006 2013_06_15 東北-0019
6月15日早朝@気仙沼
震災から2年3ヶ月。
アベノミクスアベノミクス、株価株価、参院選参院選。
メディアはいろんなことではやし立てているけど・・・

2013_06_15 東北-0025 2013_06_15 東北-0024
6月15日@気仙沼
ここはこのような状況。

2013_06_15 東北-0026 2013_06_15 東北-0021
6月15日@気仙沼
おそらく家が建っていたであろうと思われる場所には
必ず決まって花が咲いている。

2013_06_15 東北-0121 2013_06_15 東北-0130 2013_06_15 東北-0131 2013_06_15 東北-0133
6月15日@気仙沼

2013_06_15 東北-0057 2013_06_15 東北-0066 2013_06_15 東北-0067 2013_06_15 東北-0070 2013_06_15 東北-0062 2013_06_15 東北-0058
6月15日@釜石
「鉄の街」釜石
ここもまた女川と同じような景色が続く。

2013_06_15 東北-0079 2013_06_15 東北-0078
6月15日@大船渡
僕の生まれ故郷、長崎ととても雰囲気が似ていると感じた街。
ここでは大阪から15年前ほどに、この街に移りすんできた素敵なおじさんに出会う。
震災時、自身の家・アトリエその他全て津波にもっていかれ、
一時避難ということで山の中へ生活の場を移したが
今は再びこの大船渡にもどってきて生活をしている。
一言。
「やっぱり僕には山の軽い空気が耐えられんかったわー。海好きやねん。」
と軽快に発すると同時に
「津波んときは一人やったから、幸い、いや、これ幸いって云っちゃぁいかんのは分か
とるが、
のまれていく方々の断末魔を耳にせんかったことやなぁ」とも。

2013_06_15 東北-0136
6月15日@女川原発
ここではもうこれ以上書く言葉が見つからなかった。

2013_06_15 東北-0138
6月15日@女川原発から約3km
夕暮れに染まる女川の海岸線

震災から2年3ヶ月経とうとしている今。
明らかにマスコミから流れてくる情報に違和感を感じ、足を運んだ東北の地。

絶望を感じる景色の中、ひたすら車を前に進めた。

なんだ、ただの物見遊山ではないか、と云われれば、否定する気はない。

以前はボランティア、取材、撮影など
いつも何か目的があって、その場を訪れていた。
勿論そこから見えるものもあると思う。
同時にそこからだけでは見えないものもあると思う。
故に今回は初めて、何も目的を持たず、自分の見たいもの、聞きたいもの、感じたいものを
自由にまわらさせてもらった。

ただ一つ。
今の東北には物見遊山でも観光でもボランティアでも何でもよい。
やっぱり足を運ぶことが大切なんだと思う。

海を愛し
街を愛し
故郷を愛し
そこで生活を営み
文化を築き
歴史を記す

絶望の中に希望を感じさせてくれる地元の人々の姿があった。

少なからず
現状を写真におさめ、公開し、文章を書く
一人でも多くの人が僕の写真・文章を通じ
何かしらに興味を持ち
東北へ足を運んでくれればという想いで・・・

たぶんそれは同時に写真を撮らさせていただいた街・人・東北への感謝でもあり、
撮影したものの使命だとも思う。

おわり


2 Responses to 2013 東北

  1. 川島幹之 says:

    三陸の現状がよくわかる写真でした。
    陸前高田、三陸町、気仙沼と震災後に行ったことがありますが、復興とはやはりほど遠い状況ですね。
    「東北へ足を運んでくれればという想い」よくわかりました。
    近く、また行きたいと思います。

    • 片岡 和志 says:

      川島様
      コメント、ありがとうございます。
      本当にまだまだ復興にはほど遠い状況でした。
      是非是非、また足を運んでみて下さい。
      片岡拝

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